邱永漢に学ぶセカンドキャリアの可能性

直木賞作家の邱永漢は1924年生まれで、2012年に88歳で亡くなった。

50代から60代の頃は、小説家というよりは金儲けの神様と崇められ、株式投資や不動産投資で大きな富を築き、その他にも様々な事業を立ち上げたりして多くの熱狂的な信者を集めていた。

私が初めて読んだ邱永漢の著作は、1992年に出版された「アジアで一旗」だった。
残念ながら、読む機会があったのは発刊から20年近く後の2010年頃で、中国と日本を往復し始めた頃だった。

邱永漢の影響と著書の教え

そこに書かれていた事は、出版されてから20年近く経ってから読んでも「なるほど」と思うことばかりで、「なんでもっと早く読まなかったんだろう」と激しく後悔したことを覚えている。

いまから30年以上前に、今の中国やアジアの成長予言していたのだから、慧眼と言わざるを得ない。
当時の中国や東南アジアは経済的にも文化的にも「遅れた地域」であり、日本はジャパン・アズ・ナンバーワンとおだてられて有頂天になっていた頃だ。

もともと台湾生まれの中国人だから、中国や東南アジアの華僑の人脈もあっただろうし、情報の入り方を別格だったと思うが、とにかく素晴らしい予言力だ。

邱永漢は88歳で亡くなっているが、78歳の頃に中国の内陸部、南はミャンマーやラオス、ベトナムと国境を接する雲南省の昆明というところで、大規模なコーヒー農園の経営に乗り出している。

私も昆明には何回か行ったことがあるが、「一年一季」と言われるように、気候が穏やかでお茶やコーヒーの栽培には適した土地柄だ。
ベトナムコーヒーは日本でも有名になっているが、中国の雲南省がコーヒーの名産地と聞いて驚く人もいるかもしれない。

年齢にとらわれない挑戦の重要性

それはともかく、私たちからすると78歳も88歳も違いがよくわからないが、そういった年齢で海外で起業するというのも凄いことだ。

仕事でお付き合いのある50代半ばから60代前後の人たちから、時々「伊島さんはイイねぇ、自由に生きていて」などと言われることがある。

そういった時に、「〇〇さんも、スキルアップをして起業したらどうですか」というと、「いや、もう年ですから」、「この年になって新しい事は無理ですよ」という答えが返ってくることがある。

そういった方には申し訳ないが、「それは逃げているだけではないですか」と思うことがある。
60歳近くになれば年金支給年齢が見えてくるので、どんなに将来不安があろうとも、現状を変えるよりも現状維持を優先して考えてしまう気持ちはわかる。

しかし、コロナ前のようなインフレもなく金利もない社会は終わったわけだから、年金に頼った将来設計は非常に脆弱なものだ。

将来のためのスキルアップと自己投資

年齢にかかわらずスキルアップは必要だと思うし、50歳でも60歳でも、いくらでも挑戦はできると思う。
ここ10年ほどは、司法試験でも60代後半の合格者が出ているし、医師国家試験では毎年のように60代後半の合格者が誕生している。

医師の場合は、その年齢でライセンスを取得してから、「研修医」として実務を学び、生涯現役を続けていくのだろう。

さすがに後期高齢者となる75歳を過ぎてから新しいスキルを学び、それをビジネスにして収益を上げていくのは少し難しいかもしれない。
しかし、少なくとも70歳前後までなら、いくらでもスキルアップのチャンスはあると思う。

気力や体力など個人差はあると思うが、単に現状を変えたくないから「もう新しいことを学ぶのは無理です」のような弱音を吐いていて、歴史の荒波に飲み込まれて、負け犬の人生を送ることになるかもしれない。