海外ノマド生活による精神的解放
10年以上、海外でのノマド生活を続けているが、その中でも本当に良かったと思うのは「劇的に心が軽くなった」ということだ。
FIREを目指す人たちは「早く嫌な仕事を辞める」ことが一番の動機だと思う。
仕事そのものが苦痛な場合もあるが、人間関係や通勤時間、ブラックな職場の残業や過剰労働等の多重ストレス攻撃から逃れるためのサバイバル戦略を立てなければならない。
そういった重圧は、解放されてみて初めてその重さがわかる。
私はサラリーマン生活が短かったので恵まれていると思うが、それでもフルタイム勤務の頃は、会社の規模も今よりも大きく、それを維持するためには常に一定の売り上げを確保しなければならなかった。
そのためにはイヤなクライアントにも頭を下げなければいけないし、同じ空間にいるだけで苦痛を感じるような上司や同業他社の人間とも付き合わなければならなかった。
段階的な生活スタイルの変革
しかし2013年頃からは、「事業の規模を縮小して身軽になろう」と考えて今の生活を開始した。
ゆっくりと会社の規模とビジネスの規模を縮小し、それに伴って必要な労働時間も減らしてきた。
時間だけではなく、無駄で意味のない人間関係も断ち切ってきたので、毎年のように心が軽くなっていくことを実感してきた。
コロナ前の2019年頃には相当身軽になっていたが、それでもリアルの会議や会合などもあり、今から比べると相当煩わしい生活を送っていた。
そういった意味ではコロナ様々であり、コロナの3年間で私の周りに残っていた残滓を完全に断ち切り、今の生活を確立した。
ミニマリスト的生活がもたらす心の軽さ
今、本当に心が軽くなったと感じるのは、こうやって10年以上にわたって、時間の成約や労働などの物理的な重圧や人間関係から生じるストレスを減らしたり、断ち切ったりしてきたからだ。
そういった要素を一つ一つ除去していく事は楽しい作業だった。
いろいろな本に書かれているが、ものが多ければ選択疲れや決断疲労が蓄積して、どんな気晴らしやリフレッシュをしても本当に心が軽くなることはない。

私はミニマリストではないが、一年の半分近くを海外で生活しており、その生活もコンドミニアムやサービスアパートメントを賃貸契約してするのではなく、その都度、エアビやアゴダで気に入った場所や部屋を探して住み歩いている。
ノマド生活でミニマリストに
文字通り海外のノマド生活なのだが、その場合には必然的にミニマリストにならざるを得ない。
決められた住居がある場合は荷物を減らそうというモチベーションが低いので、どうしても荷物や雑貨が増えてしまう。
一方ノマド生活の場合は、持ち運ぶ荷物に制限があるので、必然的にミニマリストになってしまうのだ。
限られた荷物での生活が与える充実感
私の場合は40リットルのキャリーと15リットルのリュックだけで移動しているので、それ以上のものを持つことはできない。
バックパッカーほどではないが、持ち運ぶ荷物には限界があるので、衣類や医薬品、生活用品のセレクトには相当に気を使う。
できるだけ無駄のない生活を目指しているので、「なければ現地で買う」とか「お金を出せば困ることはない」という考え方は絶対にしないように心がけている。
もう一つ、海外ノマド生活の場合は移動の際の機内持ち込み制限による荷物の軽量化や簡素化のモチベーションが働く。
少し余談になるが、実はいまだに達成できていないのだが、機内持ち込みができるアーミーナイフやマルチツールがないものかと探している。
使い捨て覚悟で買っても良いのだが、それは自分のポリシーに反するので、ギリギリ機内持ち込みができる小さなナイフなどで我慢している。
こういった「使い回しができるもの」を揃えながら、限られた容量・重量での生活を企画するのは本当に楽しい作業だ。
何が大切で、何が必要ないかということを考え、その考える作業が旅やノマド生活のイメージ作りになる。
こういった自分の好きなことを生活のメインにしていると、それだけでも心が軽くなるし、ミニマリスト的な効果でさらに心が軽くなる。

