セミリタイアとデュアルライフ

私は1965年生まれで、46歳になった2011年から日本と海外との往復生活を始め、同時にセミリタイアを宣言し、フルタイム勤務をやめた。

セミリタイアの始まり

自分自身ではも「リタイア」という意識は特になかったが、とにかくフルタイム勤務を止めて、時間の自由を手に入れたかった。

30代で個人事業主として自営業者となったので、会社勤めの頃に比べれば時間の制約からは自由だった。

しかし40代半ばまでは仕事も忙しく、時間の自由どころか自由になる時間などは殆どなかった。

しかし、いろいろな良い状況が絡み合って、2010年頃から急速に生活や仕事の自由度が増してきた。

それまでの「年間の時間外労働時間は過労死×3回のレベル」のハードワークで、失った時間を取り戻す意味もあって、2011年の7月からは友人やクライアントも含めて、周りの人たちに、敢えて「フルタイム勤務終了宣言」をやってみた。

ただその時点では、それを10年以上も続けられると思っていなかったし、今のように年に5回も6回もビジネスクラスで東南アジアを往復しながら、好きな時に好きな所で仕事をするという状況は夢の夢だった。

中国から東南アジアへの移行

今のようなライフスタイルが始まったのは2013年からで、まだ東南アジア・デビューを果たしておらず、もっぱら上海と大連を往復していた。

しかし、そろそろ中国にも飽きが来た頃であり、2015年からバンコクを拠点に東南アジアで生活するようになってから、現在の生活パターンに近づいてきた。

大連はもちろんだが、上海でも冬はかなり寒い。

ところが東南アジアの場合は1年を通して「寒くて行くのが大変」という季節がない。

ちょうどこの頃からマイルが大量に溜まり始め、ビジネスクラスにも簡単に乗れるようになった。

人生第八期が始まった頃

ちょうど50歳になった頃で、私の人生哲学でいう人生第八期が始まった頃だった。

人生第八期というのは49歳から56歳の直前までの7年間で、長い人生の中で「考える時」「方向を定める時」という位置づけだ。

40代の辛く重苦しい時期を終え、人生で最も大事な56歳から始まる人生第九期と63歳から始まる人生第十期に向けて、自分の人生を考えながら、どういう方向に進むかを決める時期と考えている。

今思うと、2011年頃から始めた日本と海外の往復生活(デュアルライフ)は、当時はまだヨチヨチ歩きだったように思う。

リモートワークにしても、国内での仕事と海外での仕事を切り分ける作業にせよ、失敗ばかりを繰り返していた。

それでも、ネット環境の進歩やスマホの性能向上もあり、2015年頃には基本的なライフスタイルが確立しており、仕事も生活も殆ど困る事はなかった。

自由なライフスタイルの確立

既に時間の制約や人間関係のしがらみから解放されていたので、好きなときに好きなだけ自由に仕事することができるので、信じられない位に自由な時間が増えた。

そうなってくると、考える事は「この生活が、どれだけ長く続けられるか」に集約され、いつも1人でニコニコしながら「コレとコレを組み合わせれば、これだけ時間やお金の節約になる」というようなことばかりを考えていた。

毎月のルーチンワークの処理の方法や、クライアントとの面談、新商品の開発など、やるべき事はたくさんあるのだが、それらの段取りや前準備を丁寧にやっておけば、驚くほどたくさんの自由時間を創出することができる。

55歳までの目標設定

2015年に、それまでの上海・大連からバンコクに拠点を移した頃に考えていたのは「55歳の時の立ち位置」ということだ。

私の哲学では55歳というのが1つの人生の区切りであり、この時の立ち位置や社会的な地位、自分の潜在的な能力などが、その後の人生を規定するのではないかと考えていた。

だから55歳になった時点で、「この生活が1日でも長く続けば120%幸せ」と言えるようなライフスタイルやビジネスモデルを作ろうと努力していた。

このあたりは私が1人で考えたことなので、誰にでも通用するかどうかわからないが、若い人たちには1つの参考になるかもしれない。