海外生活の自由と自制力

海外での生活は本当に楽だ。

物価が安いことだけではなく、
時間の流れや気候などで自分に合った土地を見つけることができれば、生活の満足度は劇的に高くなる。

海外では同調圧力がない

私が東南アジアを気に入っているのは、
寒い冬がないことと服装が自由なことだ。

どこかの国の諺に、
「悪い天気はない、悪い服装があるだけだ」
という諺があるそうだ。

東南アジアで見つけた生活の自由

もともと日本は蒸し暑い国で、
浴衣や夕涼みが似合う国だったのだが、
大都市はコンクリートで固められ、
普通の人が浴衣で歩けるような街ではなくなってしまった。

気温も湿度も東南アジアより過酷なのに、
みんなが服装や着るものに注意しなくてはならない。

服装と同調圧力の狭間で

東南アジアにいる時のような涼しい格好で街を歩いていると、変な目で見られてしまい、同調圧力が強くて息が詰まる。

海外生活では、これが1年中続いて、さらに物価が安いのだから、本当にのんびりと解放された生活を送ることができる。

怠惰を避けるセミリタイアの工夫

ところが、それに甘えていると怠惰の生活が身に付いてしまい、場合によっては
「人の道を踏み外してしまう」
ことにもなりかねない。

東南アジアの大都市では日本人も含めた外国人は上得意様なので、遊び場に困る事はない。

日本と同じような遊び方をしても3分の1程度で済むわけだから、1ヵ月で10万円を使おうと思ったらアタマが狂ってしまう。

私も東南アジアで生活をするようになった当初は、かなりお金を散財してしまった。

お金は稼げばすむことだから良いのだが、
生活習慣とか心構えとか、
その辺が少し乱れてしまった。

「自分を律する力」がキーとなる

最近になって気づいたのだが、
セミリタイア生活では「自分を律する力」が重要だということがわかった。

これは東南アジアだけではないと思うが、
「南国の暖かくて、のんびりした土地柄」
というイメージとキチンと働くというイメージは同時には成り立たないようだ。

これが完全リタイアならば問題ないのだが、
私のように
「少しだけ働きながら、たくさん遊ぶ」
という生活を目指す上では、
東南アジアの、この緩やかさは大敵になる。

「自分を律する」と言っても生真面目な生活を送るという意味ではない。

私は人一倍怠け者で、
その上お酒が好きなので、
放っておいたらどんな生活をしてしまうかわかったものではない。

幸いなことに二日酔いの日は猛烈に反省するタイプなので、この10年間で自分なりのライフスタイルが確立した。

例えば1ヵ月のうち少なくとも6日ぐらいはキチンと働こうと思っている。

フリーエージェントの立場なので、
何日間働くか問題ではなく、自分で
「今日はよくやった、最高の仕事ができた」
と言える日をどれだけ作れるかが大切だと思っている。

1ヵ月30日のうち2割位は「良い仕事をした」と言えれば合格なので、バリバリのビジネスマンから見たら「ずいぶんと楽な生活ですね」ということになる。

だからといって、残りの日をダラダラと過ごしてイイと考えているわけではない。

1ヵ月で6日間とは言え、
自分なりに80点と言える日を作るためには、
少なくとも月の半分は真剣に取り組み、
そのうちの6日位が大成功という形になる。

実は、この日数配分は1-2-3-4という数列だ。

何の事はない、全てを出せば10になるということで、いろいろな配分に使えるので重宝している。

例えばコロナの時に全国民に配布された、
10万円の給付金だが、日本中の人たちが
これをどう使うか頭をひねったと思う。

5万円ずつ半分に分けて使ったいただろうし、
おじいちゃん・おばあちゃんの中には、
三人の孫に3万円ずつ配って、
1万円は自分にという人もいたと思う。

私は4万円を銀行に入れ、
3万円は「自己投資」と考えた。

自分の生産性を上げるためならパソコン購入費用の足しにしても良いし書籍購入にしても良い。

2万円は自由に遊びガネに使うことにして、
1万円を予備費と考えた。

その通りに使ったわけではないが、
ざっと頭の中で配分を考えるときに、
この1-2-3-4という数列は便利だ。

だから仕事のペース配分としては、
月のうち1割りの3日ぐらいは
「完全に好きなように遊んで良い」として、
2割と3割を足して月の半分ぐらいを仕事の、
その半分位で合格点が出れば良しとしている。

残りの4割は「普通の何もない日々」だ。

実際には殆ど仕事をしているのだが、
特に気合を入れるわけではなく、
かといって遊ぶわけでもなく、
リラックスが目的の日になる。

こういった現役時代には考えられないようなペース配分ができるのがセミリタイア生活の特権だと思っている。