セミFIREの心を癒す都会の自然浴

自然を求めて地方移住? それは本当の「自然」か

少し前に森林浴について触れたが、それよりも大きな概念として「自然浴」という言葉を思いついた。

都会に住んでいれば大自然に触れることは難しいが、
日本の農村部で暮らしたとしても、
本当の意味での「自然」を満喫できるのかと疑問に思う。

ここ10年ほど、日本では地方への移住が盛んになり、
都市部からの移住者を受け入れる自治体が増えたが、
全てがうまくいっているわけではない。

1〜2年で元の場所に戻る人や、
形だけ住民登録が残っている人も少なくないようだ。

彼らは「自然」を求めて移住したものの、
その「自然」に期待外れを感じた人も多いのだと思う。

農村部の「便利さ」が破壊するもの

自然の良さとは、ただ緑が多いとか、山や海が近いことではない。

「人工物がない」「人の手が加えられていない」空間こそが本来の自然だ。

現代の日本では、農村部でもコンビニやドラッグストア、ホームセンターが揃い、ナショナルブランドの店が軒を連ねている。

こうした環境では、「自然に触れ、心がリラックスした」とは感じにくいだろう。

日常生活の利便性を考えれば便利な施設が揃うのは良いことだが、同時に都市と似たような生活コストもかかり、
心からリラックスできる自然環境にはなり得ないのだと思う。

都市での自然浴と選択肢の豊かさ

私が現在暮らしているバンコク中心部の公園は、
まさに純粋な自然浴を楽しめる場所だ。

朝のウォーキングの時には、
周りをリスが飛び回り、
池のそばにはトカゲが歩いている。

もちろんウォーキングやエクササイズをしている人も多いが、そこには仕事や生活感がなく、自然そのものを感じることができる。

例えば、東京の皇居周辺でのランニングは、確かに緑に囲まれているかもしれないが、
生活感や仕事感があり、心からのリラックスは難しい。

同じく農村部の田舎道でウォーキングをしても、
住宅やショッピングセンターが並ぶ風景の中では、
純粋に自然に浸るとは言い難い。

やはり、心から癒される自然浴は大都市の公園のような場所でこそ実現できる。

都会でのローコスト・リラックス生活の実践

私が目指しているのは、ローコストで心身を癒しながら「生涯現役でゆるく働く」ライフスタイルだ。

都市部にいれば選択肢が豊富で、その時々の稼ぎや具合に合わせて自由に生活を変えることができる。

メンタルに負荷がかかる無理な節約生活を強いられず、
自由に贅沢をしたり、
ローコスト生活に切り替えたりできるのは
都会ならではだと思う。

不便な農村部に移住し、選択肢が限られる環境で節約生活を続けようとすれば、かえってメンタルへの負担が増すだろう。

生活の選択肢が豊富で、
気軽に自然浴ができる都市こそ、

心身をリラックスさせつつローコストで自由な生き方が実現できる場所なのだ。