私は今年で58歳になった。
人生第九期とは
私の人生7年刻哲学で言うと第九期となる。
56歳から始まる第九期と63歳から始まる第十期は、人生の中で最も充実した時期であり、「進む時、昇る時」と位置づけている。
40代の辛く重苦しい時期を終え、50代前半はじっくりと人生を考え、いよいよ56歳から本当の人生を歩み始めるという考えだ。
これは全く私のオリジナルの哲学で、ネットで調べてもあまり情報は出てこないと思う。
これまで私はこの哲学を深めながら、それに沿って人生を歩んできた。
言ってみれば私の人生の実況中継のようなもので、ある意味では辻褄合わせのようなところもある。
いつ人生が暗転するかわからない
それはさておき、なぜ第9期と第10期の14年間が人生で最も充実した時期かというと、「70歳から先はいつ人生が暗転してもおかしくない」という恐ろしい考え方が元になっている。
私の人生7年刻み哲学では、70歳から77歳の直前までを人生第11期と位置づけている。
この7年間は「下る時」であり、体力や気力の衰えとともに、運気や様々なトレンドなども下降気味になると考えている。
これは「転ばの先の杖」のような予防的な考え方でもある。
70歳を過ぎれば健康寿命の最終盤
70歳を過ぎても元気な高齢者はたくさんいるが、そういった人たちが目立つだけであり、実際には多くの高齢者たちが健康寿命の最終盤にかかっている。
そう考えると、本当に充実した人生を満喫できるのは56歳から70歳位までであり、この進む時期・登る時期に何をするかが大切だと思っている。
早い段階から、時間に縛られたり有害な人間関係で消耗することの不合理さに気づいていたので、できるだけ早くFIREを実現しようと思っていた。
早期セミリタイアの実現
もともと十分な金融資産を蓄えてから引退しようという考えはなかったので、ある意味では見切り発車でセミリタイアを始めたのかもしれない。
しかし「働きながら、のんびりする」という考え方を基本にしているので、物質的な豊かさはあまり気にならない。
もちろん人並み以上に贅沢もするし、浪費や散財の度合いも人に負けるものではない。
それが目的にはなってないことが自分のプライドであり、嬉しいところだ。
ローコストライフの考え方
私が提唱するローコストライフは節約生活という意味ではなく、生活固定費を下げるという意味だ。
高級コンドミニアムに住み、お金持ちや可処分所得の多い人たちとの交流を深めれば、否応なしに生活固定費が上昇する。
それを維持するために働き続け、自分の時間を犠牲にするのは不合理な生活様式だ。
そんなものは贅沢でも何でもなく、単なる高額消費に過ぎない。
「好きな時に好きなことができる」のが最高の贅沢であり、その自由を得てしまうと物欲や高額消費欲は驚くほど少なくなる。
資本主義との合理的な距離感
そういった欲望は、資本主義により刺激されて作られた人工的なものであり、人間本来の欲求ではない。
残念ながら、資本主義社会で生きる限り、そういった刺激から完全に隔絶された状態に身を置くのは不可能であり、YouTubeやNetflix、ソーシャルメディアなどの欲望を刺激システムを遮断することはできない。
欲望を無理に抑える必要はない
そういったものと合理的な距離感を保つには、できるだけ選択肢の多い環境に身をおくことだと思う。
ときには欲望を発散させることも必要だし、そういった欲求を無理に抑える必要はない。
聖人君子や高潔な哲学者ではないので、欲望を刺激されれば気持ちが良い。
そういった時に、全く選択肢のない環境に身を置いていたら資本主義の餌食になるか欲求不満になるかのどちらかだ。
こういった考え方に至ったのも、人生7年刻み哲学で、56歳からの人生が非常に重要だということを考えていたからだ。

