私が得意とするローコストライフの設計は、
物価の安い海外で暮らすとか
ミニマリズム的な生き方目指す、
美食やグルメから距離を置くなど、
いろいろな考え方から構成されている。
ローコストライフの多面的アプローチ
しかし、もう一つ大事な考え方は「適度に贅沢をする」ということだ。
ローコストや節約一辺倒では絶対に長続きしないので、長く働き続けるためには自分のメンタルをいたわることも大切な「作業」だ。
誰だって贅沢は楽しいし、
お金が無限にあるのであれば、
とことん贅沢を極めたいと思う人もいる。
そういった生活が質の高い人生なのかどうかは別にして、贅沢が普通になってしまえば、
生活固定費が高止まりして、
今度はお金を稼ぐのに必死にならなくてはならない。
節約と贅沢の適切なバランス
土地成金のように不労所得で贅沢をする場合は、そのお金の出所に後ろめたさを感じることになる。
そういった贅沢の仕方ではなく、自分に対する投資として贅沢をするのが正しい考え方だ。
資本主義は徹底的に人々の欲望を刺激し続けるので、その刺激の中で禁欲生活を送る事は、事実上不可能だ。
物欲刺激からの距離の保ち方
おいしいものを食べればまた食べたくなるし、おいしいワインを飲めばもっと飲みたくなるのが正しい人間の姿だ。
そうやって欲望を刺激され、それを満たすためにお金を稼ぐことに汲々としていては、
いつまでたっても豊かな生活が送れない。
様々な制約から解放され、
自分本位の生活設計ができるようになると、
それほど贅沢をしたいとは思わない。
と言うよりは、資本主義社会特有の無限物欲刺激システムから自然と距離を置くようになるのだ。
これは意識しているわけではなく、
そういった刺激を受けても「欲しいとは思わない」心境になる。
ところが節約一辺倒のローコストライフを送っていれば、否応なしに物欲刺激システムに負けてしまう。
宗教的というほどではないのだが、
適度な贅沢を取り入れたローコストライフ道を探求していくと、本当に物欲が少なくなる。
資本主義社会における 適度な贅沢の重要性
ミニマリスム的な考えで所有するモノをできるだけ減らし、美食やグルメは「美味しいものはカラダに悪い」とでも考えて、あまり近づかないようにする。
その上で物価の安い海外での生活を基本とすれば、物欲刺激システムから解放されることも夢ではない。
最近、私がチャレンジしているのは、
毎日の食事は徹底的にローコストを追求し、
週に1、2回は豪華なランチを食べるという方法だ。
以前にもこのブログで書いたが、
バンコクの中心部のドミトリーでの食費は1食100円で、毎日の晩酌を含めても1週間で5000円あればお釣りが来る。
週に1、2回、近くの大きなショッピングモールのレストラン街で「豪華なランチ」を食べるのだが、豪華といっても日本円に換算すれば2000円程度の食事だ。
タイの通貨バーツで換算すると、400~500バーツで、これは現地の感覚では
「日本国内で4000円から5000円のランチ」
というレベルで、
お店の接客にしてもテーブルの広さにしても、十分に満足できる。
こういった「適度の贅沢」を自分の人的資本に対する投資と捉え、
生涯現役でゆるく長く働き続けようと思う。
